クエーカー社のディストリビューション・システムは大型倉庫を基本とし、主力製品ゲ一夕レ-ドのスーパーへの販売が機軸となっていました。
そこで、クローズ後クエーカー社は、スナップル社製品の流通を自社の大型倉庫方式に転換し、スナップルの販売権を小規模業者から剥奪、その代わり、小規模業者にはゲ一夕レ-ドの販売権を与えたのです。
その後、どんなことが起こったと思いますか?スナップルの流通を請け負っていた小規模業者はみな、クエーカーが提案するシステムに反旗を翻したのです。
スナップルの1ケース当たりの販売利益は、ゲ一夕レ-ドよりも遥かに高いものでした。
クエーカー社は、買収前のDDで、この点を見落としていたのです。
たしかに、クエーカー社はインテグレーション・プランを立案していました。
しかし、そのプランが現実的なものかどうかのテストを、 DD段階で全く行わなかったのです。
結果、クエーカー社は、非効率的なディストリビューション・システムに継続依存するほかありませんでした。
その他にも、広告戦略などで不手際を重ねたクエーカー社は、買収から29カ月後、スナップル社を英国企業にたった3億ドルで売却するはめになったのです。
顧客や社会からの反応を考慮しないと、このような問題が発生してしまうのです。
クエーカー社の取引はいわゆる「最悪の買収」を招く場合に共通する特徴である「認知的バイアス」を見事に描き出しています。
つまり、自社が思い描く方法が唯一絶対だと信じてしまう「心理的盲目」が、成功を阻害するのです。
例えば、ソフトドリンクや食品などの製造販売を行う日本に本拠をおくA社が、米国ベースの飲料会社丁社を買収したとしましょう。
A社はT社の買収後も、その組織スタイルを固持すべきでしょうか?ご存知の通り、アメリカ人の味覚は日本人のそれとは大きく異なります。
ですから、組織スタイルを地方分権型に移行するほうが、この場合いいかもしれません。
数多くのM&A事例から学べることのひとつは、 「コストを削減したかったら、中央集権を進めよ。
収益を拡大したかったら、地方分権にせよ」。
しかし、歴史から学ぶことができないか、もしくは深い思考が持てないA社は、もしかしたら古いシステムに執着し、日本にいながらアメリカ人が好む味を空想で編み出そうとするかもしれません(A社が米国企業でT社が日本企業だった場合、つまり地理が逆だった場合は、悲惨な結果になるでしょう)。
ところで、国境を超えたインテグレーションで問題になるもうひとつのことが、T社の経営に駐在員を使うか否かです。
一般的に、 A社が日本企業の場合、答えは「YES」、派遣される駐在員がエネルギッシュで、その国の言語と文化に通じ、現地採用の社員や顧客の感情に敏感な場合、この選択に問題はありません。
しかし、あなたの会社でそんな完璧な社員が、一体何人いるでしょう?現地の言語をほとんど操れない駐在管理職のなんと多いことか。
その種の人は、現地の顧客との関係構築も満足にできないばかりか、頭のなかは日本本社に帰ったときのポストの確保だけ、といった按配です。
それなのに、現地採用スタッフの2倍から3倍の給与を受け取っていたりするのです(赴任地がアジア諸国だったら、この倍率はもっと高くなります)0 私は、この現実に呆れかえっている現地採用社員に、何人も会ったことがあります。
突然ふって沸いたように赴任してくる外国人上司は、現地社員に耳げかしい思いやイライラのタネを与えるだけでなく、現地社員の「昇進の夢」も断ち切ってしまいます。
結果、優秀な現地採用社員はどんどん辞めていくでしょう。
そしてビジネスは停滞し、買収の戦略的価値は低下していくのです。
バージニア大学のブルナ一教授によると、 「最悪の買収」の特徴には、認知的バイアスのほか、 「経営陣の判断のまずさ」 「オペレーション・チーム組成の失敗」「異常事態下での実行」 「分離できない複数条件の存在」そして「複雑さ」が含まれるそうです。
これらの特徴を見事備えた買収劇が、 1989年のSによるコロンビア・ピクチャーズ買収で、今でも米国の専門家の間で語り草になっています。
当時、映画界は、スター俳優の出演料や脚本、製作費の高騰に苦しんでいました(「異常事態下での実行」)。
数あるスタジオの中でも、コロンビア・ピクチャーズは、マーケットシェア低下に財務内容の悪化が加わり、悲惨な状態にありました。
Sは映画事業に経験がなく、コロンビアの経営陣は最悪でした。
そんな中、Sは「自社でコロンビアの経営陣を見つける」条件付きで48億ドルをコロンビアに支払うことに同意したのです(「分離できない複数条件の存在」)0 Sの経営トップは、なんとしてもこの取引を手に入れたいと考えました。
スタジオ経営を成功に導く自信が、そこにはあったのです(「認知的バイアス」)0そこで彼らは、弁護士P・グーバーとヘアスタイリストであるJ・ピ一夕-ズが経営する製作会社「GPEC」を2億ドルで買収します。
グーバーとPは当時、 『バットマン』などのヒットを世に出していました.Sはさらに、彼ら二人と同僚達に対し、スタジオ経営に当って、 3億ドルものサラリー及びその他の賞与を与えることに同意したのです(「経営陣の判断のまずさ」)。
GPECとコロンビアの買収は、同じ日にクローズとなりました。
ところで、 GPECはワーナー ・ブラザーズとの間で、すでに独占契約を締結していました。
当初SはGPECに対し、ワーナーが独占権を放棄することが買収の条件だとしていました。
しかし、S幹部は愚かなことに、グーバーとPの「放棄させるのは簡単だ」という言葉を鵜呑みにし、その条件が適合する前にGPECとの取引をクローズしてしまったのです(「『本当に』まずい経営陣の判断」)。
しかし、ワーナーの考えは彼らの予想を裏切るものでした。
ワーナーはSを相手取り、既存契約独占権の侵害のかどで、 10億ドルの賠償を求める訴訟を起こしたのです。
この訴訟を和解に持ち込むためにSが支払ったお金は、 3億ドルから5.25億ドルの間であろうと推測されています。
グーバーとPが、Sから受けた60億ドル近い投資をどのように使ったか、ご存知ですか?例えば、Pは、Pの元妻、ガールフレンド、息子のガールフレンドなどを次々に高給で雇い入れました(「オペレーション・チーム組成の失敗」)。
結果、 1994年にSが発表した損失は、なんと32億ドル。
スタジオの簿価は27億ドルから31億ドルの間にまで低下したのです。
では、この一件で「複雑さ」に該当するものは、一体何でしょう?ブルナ一教授はこれを、映画業界が元々持つ体質に起因するとしています。
映画の流行と観客の好みは、全く予想がつきません。
また、製作期間が長いことも、経営の判断を難しくします。
今流行っていることが、製作終了時にも流行っているとは限りません。
製作にGOの判断を下すことは、そのまま、スタジオを3年間、場合によってはそれ以上縛り付けることになるのです。
ところで、ブルナ一教授の言葉は、あらゆるビジネスや経済学の場面で大流行している言葉、 「複雑系」を連想させますね。
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